auf 370 km Länge – entlang der Ost-Küste in Tohoku sollen Betonwälle bis zu 14,7 m Höhe errichtet werden

auf 370 km Länge – entlang der Ost-Küste in Tohoku sollen Betonwälle bis zu 14,7 m Höhe errichtet werden

Auf 370 km Länge, entlang der Ost-Küste in Tohoku sollen Betonwälle bis zu 14,7 m Höhe errichtet werden. In diesem Video werden einige Beispiele von der Sanriku Küste aus Kesennuma, Otsuchi und von der schon vorhandenen Mauer in Fudai gezeigt – und der endlos erscheinende Wall an der flachen Küste von Miyagi, der schon zum größten Teil fertig gestellt ist.

Inzwischen mehren sich die Proteste in der Bevölkerung:

„Mit solch hohen Mauern können wir das Meer nicht sehen. Vor jedem Tsunami zieht sich das Meer zurück, d.h. alle bewohner müssen innerhalb kürzester Zeit zu einem höher gelegenen Ort fliehen. D.h. es müssen genügend Fluchtwege und Plätze an höher gelegenen Orten vorhanden sein.“

Die Tsunamierinnerungssteine, die entlang der Küste aufgestellt sind (teilweise älter als 600 Jahre), ermahnen die Bevölkerung, nicht unterhalb dieser Marke zu bauen. Dehalb werden viele Orte nun auf höher gelegenen Orten errichtet. Dafür trägt man teilweise die Berge ab – wie in Rikuzentakata und Taro.

Die Meinung von Frau Dr.-Ing. Agnieszka Strusinska-Correia, Tsunamiforscherin der TU-Braunschweig und Dozentin bei  der 1. Summer School Sanriku Fukkou:

„Die hohen Bauwerke am Ufer sind nicht nur aus der ästhetischen Sicht ungewünscht:
– das schrecklischte Szenario ist immer unbekannt (d.h. es kann immer ein Tsunami generiert werden, dessen Höhe größer als die Mauer ist)
– die Stabilität der Bauwerke ist von der Fundamentart und der Konstruktion abhängig (können Sie sich an die umgekippten Fragmente der Mauer z.B. in Taro oder Funakoshi erinnern?)
– es gibt immer Schwachstellen, z.B. die Tore
– bei der Überflutung kann das Wasser nicht frei abfließen und die Leute ertrinken sich

– vor allen steile Mauern lenken die Energie der Welle so um, dass sie spielend leicht die Mauer überspülen kann.

岩手県沿岸部の野田村では、現在、高さ14メートルにもなる巨大な防潮堤の建設が、急ピッチで進められている。
震災前、ここには高さ10メートルの巨大な防潮堤があった。
しかし、あの時の津波は、10メートルの高さの防潮堤を乗り越えて、奥にあった家々を次々とのみ込んでいった。
そのため、さらなる高さの防潮堤をということで、現在、2015年度の完成をめどに、建設が急ピッチで進められている。
人々、そして地域を守るための巨大な防潮堤だが、そのあり方をめぐって、各地で意見が分かれている。
仙台湾に沿って延びる、岩手・岩沼市の海岸線。
重機などが活発に動き、巨大な防潮堤の建設が進められている。
防潮堤の総延長は、岩手・宮城・福島の3県で、およそ370km、予算総額が8,000億円という巨大公共事業。
建設には、居住者の移転をともなうケースもある。
宮城・石巻市の渡波地区で、酒店を経営する高橋 昭一郎さん(70)さん。
高橋さんは「ここ全部、よけなきゃいけないから」と話した。
地図上の赤いラインが、防潮堤の建設予定地。
その隣の緑色の部分を緑地にされるため、そこにある高橋さんの自宅兼店舗は、移転しなければならない。
高橋さんは「わたしら、もう年だしさ。借金できないから。(立ち退き後も店は続ける?)続けたいなとは思っていたけども…。人も減っているしね」と話した。
高橋さんは、父から継いだ酒店をたたむか、続けるか迷っている。
高橋さんは「今までしてきたことが、みんな、なんなんだよな…。積み重ねてきたものが、みんななくなるから、やっぱり寂しいですね」と話した。
住み慣れた地を離れることを受け入れたのは、大津波から町を、そして、人を守るため。
しかし、ここにきて、命の盾となるはずの防潮堤をめぐって、「防潮堤が高すぎる」という声が、各地で上がっている。
鮪立まちづくり委員会の鈴木 伸太郎委員長は「これはもう、とんでもない高さです」と話した。
宮城・気仙沼市の鮪立(しびたち)地区では、高さ9.9メートルの防潮堤が計画されている。
横に張られているネットは、県が計画している防潮堤の高さ、9.9メートルを示している。
今、目の前には海が見えるが、完成した場合、全く見えなくなることがわかる。
鮪立地区は、カキなどの養殖が行われる、海と生きる町。
巨大防潮堤計画に、元ワカメ養殖業・鈴木忠勝さんは「塀の中に入ったような感じになって、海が見えないと…」と話した。
また、鮪立地区の住民は「今後の孫や子どもたちのためには、ちょっと(高い堤防が)欲しいなと思う」と話した。
さまざまな声が上がる中、住民組織のまちづくり委員会は、過去の津波の痕跡の高さ、4メートルに1メートルを足した、5メートルの防潮堤を提案。
住民の7割の署名を集め、宮城県に提出した。
鮪立まちづくり委員会の鈴木委員長は「それに対する県の回答がこれで。内容としては、(高さ)9.9メートルは変えないという…」と話した。
その理由について、宮城県の村井嘉浩知事は「住民の皆さんが主張されている5メートルという高さは、われわれが考えている最低限必要な理論値より、はるかに低い数字ですので、これはもう議論の余地がございません」と話した。
宮城県が進める高さ9.9メートルの防潮堤計画に対し、高さを5メートルに下げるよう求める鮪立地区。
しかし、その求めに、村井知事は「住まいを守れない防潮堤を税金で造るのは、国民の理解が得られないというのが、われわれの主張で。ここは、どうしても譲れないですね」と話した。
一方、岩手県では、住民の意向で計画が変更された地区がある。
釜石市の根浜地区。
根浜親交会の前川昭七会長は「8メートルくらいの防潮堤なんです、ここは。うち(根浜地区)の方は、約5メートルかな。一番低かったんですよ、うちの方の防潮堤は」と話した。
根浜地区は、岩手県の14.5メートルの当初案を拒否。
住民が高台移転することを条件に、震災前と同じ、5.6メートルの高さで、県と住民側が合意した。
根浜親交会の前川会長は「観光地で、お客さんが海水浴に来たとき、防潮堤があまり高いとよくないのが1つと。あとは、住民が防潮堤を高くすると、津波が来たときに海が見えない」と話した。
住民は、海が見えない方が危険だと話す。
根浜地区の住民は「津波来て逃げるとき、(海が)見えないと大変。(津波が)見えたから逃げたもん。見えなければ逃げないよ」と話した。
この地区で旅館「宝来館」を営む、岩崎昭子さん。
岩崎さんもまた、震災直後は、高い防潮堤を望んだが、その後、反対に転じた。
岩崎さんは「わたしも、津波にのまれているので、まず安全を確保したい思いでしたので。でも、それって1カ月もすると、海が悪いわけじゃないという思いになってくる」と話した。
こうした計画変更もあってか、防潮堤の建設規模について、岩手県ではこれまでに、全ての地区で住民と合意。
一方の宮城県は、明確な合意は8割にとどまっている。
地域の人々の命をどう守るのか。
岩手・普代村では、元村長が、かつて住民らの反対の中で建設した、高さ15.5メートルの防潮堤と水門が、村を守った。
岩手・普代村で飲食店を経営する太田定治さんは「(このあたりの人は堤防に守られた?)そうですね。これは間違いないですね」と話した。
この問題について、10日、安倍首相は「今後、こうしたこと(防潮堤)の見直しも、国としても、自治体とよく相談しながら考えていく必要もあるんだろうと、このように考えております」と述べた。
震災から3年がたった今、震災から3年の月日が流れた今ゆえの現実が、被災地には立ちはだかっている。

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