<被災地のいま>(6)不明者捜索/見つけたい 見つからぬ

重機が搬入できず、打ち上げられた漁網を手作業で取り除く署員。電動ウインチで引っ張ったが微動だにしなかった=2月11日、石巻市雄勝町の名振湾沿岸

 海岸に1メートル以上堆積した石やがれきを一つ一つ手で取り除く。不明者の手掛かりを求め、地道な作業が続く。冷たい海風が容赦なく吹き付ける。
石巻市雄勝地区の名振湾。宮城県警河北署は昨年7月から、入り江で集中捜索を行っている。地区内では東日本大震災で71人が行方不明となっている。
重機を投入できず、これまで本格的な捜索はできなかった。遺族らの要望もあり、平日は専従の署員2人が遺物などを探す。月命日の11日には10人程度に要員を増やしている。
海岸約300メートルのうち手を付けていない場所は約50メートルだけになった。徹底的な捜索にもかかわらず、成果は挙がっていない。
「名前の書かれた服など、不明者が身に着けていたものでもいいので家族に届けたいのだが…」。守屋光雅署長は話す。

2月10日現在、被災3県の行方不明者は計2585人。震災から4年たつ今も、県警やボランティアによる捜索が各地で行われている。沿岸部の地図を細かくメッシュ状に区分して着手漏れを防ぐなどしているものの、手掛かりの発見は減る一方だ。
警察庁によると、頭蓋骨がある「完全遺体」は3県で計1万5820体(2月10日現在)が収容されている。うち1万5786体(99.8%)は震災1年以内に発見された。3年目以降に収容されたのは福島の2体のみ。宮城では1年以上、岩手では2年以上にわたって実績ゼロが続く。
骨片など「部分遺体」の発見も同様に厳しい状況だ。宮城県警はこれまで計200個(172人分)を見つけているが、ことしは骨片1個にとどまる。

災害対策基本法は、不明者捜索の終了の判断を市町村に委ねている。17人が死亡、6人が行方不明になった2008年6月の岩手・宮城内陸地震では、地元の栗原市が「捜索を尽くした」として、2年2カ月後に終結を決めた。
深刻な津波被害をもたらした東日本大震災では、捜索範囲が東北の太平洋岸に広がる。捜査関係者の一人は「自治体が終了時期を判断するのは極めて難しいだろう」と推測する。
岩手、宮城、福島の3県警は、体制縮小などはせず2015年度もこれまで通り捜索を継続する方針を固めている。宮城県警の担当者は「時間の経過とともに状況は厳しくなるが、不明者家族の期待に応えたい」と話す。(報道部・宮崎伸一)

[メモ]警察庁によると、東日本大震災で亡くなり、岩手、宮城、福島の被災3県で検視を終えた1万5820人のうち、2月末時点で0.5%に当たる83人の身元が分かっていない。内訳は岩手64人、宮城18人、福島1人。

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