高い防潮堤何を守る 海も生活再建も…姿見えず

2016.1.3 08:50

http://www.sankei.com/affairs/news/160103/afr1601030007-n1.html

魚市場などを見下ろすようにして高さ10・4メートルの防潮堤が120メートルにわたってそびえる。岩手県宮古市の鍬ケ崎(くわがさき)地区。電器店を営む島崎秀男さん(69)は、「こんなに高い壁が必要あったのか。これで6億5千万円だって」とこぼした。

隣接する日立浜町地区と合わせて総延長1・6キロの防潮堤を整備する事業が進行中だ。90億円で平成28年度中の完成を目指している。

東日本大震災前から防潮堤建設の話はあったが、地区の住民たちは「海が見えなくなる」などと反対して頓挫。死者・行方不明者65人、流された住居など約700棟という震災の被害が建設計画を前に進めた。

それでも高い壁が目の前に築かれると、賛成してきた住民からも、否定的な意見が上がり始めた。島崎さんもその一人だ。

「津波が来たら逃げるしかねえんだから。どんな高さの津波が来るか分からないんだから、いくら高くしたってキリがねえ」

政府は平成23年6月、チリ地震津波など発生頻度が数十年~百数十年に1回と比較的高い「L1津波」を対象に被災地の防潮堤を設計し、東日本大震災級の「L2津波」に対しては、住民避難を軸に総合的に対策を講じる方針を決めた。

これを受けて岩手、宮城、福島の3県の海岸線約1700キロのうち、約400キロで防潮堤が整備されていく。高さが10メートル以上の防潮堤は岩手県で約46キロ、宮城県で約4キロ。総事業費は約1兆円に上る見通しだ。

被災地では防潮堤整備を歓迎する声がある一方で、住民の高台移転が決まった地域の計画に疑問の声が出ている。観光や漁業に与える悪影響にも懸念が根強い。それよりも避難道の整備、生活再建につながる投資を望む声も上がる。

国土交通省などによると、27年9月時点で防潮堤が大部分を占める被災6県の海岸対策事業677カ所のうち、完成したのは115カ所で、31カ所では地元との調整が済んでいない。

「万里の長城」。宮古市田老地区では高さ10メートルで二層構造の巨大防潮堤(総延長2433メートル)が威容を誇り、そう呼ばれていた。

しかし、大震災の津波を防げず、外側の壁は跡形もなく破壊された。死者は181人、行方不明者は43人。「防潮堤の存在が危機感を薄め、避難を遅らせた」ともささやかれた。

今、田老地区では外側高さ14メートル、内側高さ10メートルの巨大防潮堤が再び整備されようとしている。高台に造成地や公営住宅が完成したものの、浸水したかつての市街地には更地が広がる。行政側は商店街の再建を描くが、住民らの間では実現性に懐疑的な見方が強い。

同地区で自宅が流失し、仮設住宅に1人で暮らす女性(72)は、復旧する堤防が守るはずの町が「本当に復活するのか不安」と漏らす。

岩手県の調査によると、内陸部の親族宅などに移った被災者で「元の市町村に戻りたい」と答えた人は26年に22・7%いたが、27年は18・5%に落ち込んだ。この女性も、帰る家を失ってから千葉県に嫁いだ娘宅で年を越すようになった。

「戻ることを諦める人は日に日に増えている。堤防を高くすることより、堤防で守る町の姿を示して」

日本三景のひとつ、松島に浮かぶ野々島(宮城県塩釜市)。船着き場近くに鉄パイプを組み立て、パネル板を据えた構造物が異質な存在感を放つ。

「宮城県が計画する防潮堤高」と書かれたパネルのとなりには、高さが1メートル低い「住民が望む防潮堤高」と書かれたパネルがある。住民側が設置した。

「県側」のパネルの前に立つと、松島湾の景色は見えなくなる。「高い壁に囲まれるような島に魅力はないでしょ。素晴らしい景色を残すことがおれたちの責務だ」。自営業の遠藤勝さん(52)は厳しい表情でパネルを見つめた。

野々島では東日本大震災の津波で31戸が全壊するなどした。県や市の防潮堤整備計画は外洋から直接津波が流れ込む南側の海岸で海抜4・3メートル、北側の海岸で同3・3メートルに設定。島民は南側の高さには賛成する一方、北側については「高すぎる」と反発する。

県は政府の方針に基づき、昭和35年のチリ地震津波クラスなど発生頻度が比較的高い「L1津波」に対応する防潮堤の高さを地域ごとに決定。野々島についてはチリ地震津波で塩釜市内で確認された同3・3メートルの痕跡を参考にした。

だが野々島で漁業を営む鈴木嘉男さん(78)は「チリ地震のときに内湾から津波はこなかった」と主張。島民らは「北側は2・3メートルで十分」としている。

白波をあげる船首の先に、亀裂が入り段差が生じた防潮堤が姿を現す。松島の大森島など無人4島では、破損した防潮堤の復旧事業が持ち上がり、20億円超の査定費用に「ムダだ」との批判が沸き起こった。

塩釜市によると、4島ではかつて付近の住民が船で訪れて水田を耕し、昭和40年代半ば以降、高さ3・1メートルの防潮堤が計約900メートルにわたり整備された。

被災時点ではいずれの水田も耕作放棄されていたが、市は深刻な被害が出た有人島の防潮堤と一緒に県を通じて、国負担の災害復旧事業に申請した。

本来なら申請前に島民に耕作再開の意志があるかなどを確認しておくべきだったが、市の担当者は「当時は時間がなかった」と釈明する。国側の査定を災害が発生した年内に原則終わらせるという“暗黙”のルールを意識したというのだ。

首相夫人の安倍昭恵さんが視察して事業を疑問視するなど防潮堤整備の「負の象徴」として注目を集めるると、市は平成25年12月に地主の島民に聞き取りを行って耕作再開の見込みはないと判断。土砂流出によるカキ養殖への悪影響を懸念する地元漁協などの声を踏まえ、最低限の補修にとどめるとし、事業費は大幅に圧縮される見通しだ

「変更にあたって林野庁への相談はなかった」。27年4月、参院予算委員会。林野庁と宮城県が建造を進める気仙沼市の約300メートルの防潮堤建設をめぐり、当時の林芳正農林水産相が釈明した。防潮堤の断面が、北側の林野庁分は三角形、南側の県の分は台形と異なり、物議を醸していた。

合同の地元説明会を経て、林野庁は25年2月に着工。県は同11月、耐震性を強化するための基準変更に基づき、台形の防潮堤を造ると林野庁側に連絡。26年9月に着工した。

結果として、林野庁は県側と同じ台形に合わせるため盛り土など当初の工事契約を大幅に見直し、追加費用も生じた。縦割り行政の弊害が露呈した格好だ。

林野庁の担当者は「合同説明会では裏直立型(三角形)で説明していた」と指摘し、台形への変更が想定外だったとする。県の担当者は「基準変更の時点で林野庁に伝えている」と説明。双方の言い分は食い違うが、仕様の違う防潮堤の出現は、復興を待ち望む地元住民をあきれさせた。

「何をムダなことをしているのかと思った。ちゃんと調整して工事したらいいのに」。海岸近くの家が被災し、仮設住宅で暮らす50代の女性は表情を曇らせた。

行政が策定した防潮堤計画が地域の実情に沿っていないという批判の声は各地で上がっている。国交省によると、住民との話し合いなどを経て昨年9月末までに岩手県の27カ所、宮城県の154カ所、福島県の1カ所で高さを下げるなどの見直しが行われている。

野々島では防潮堤整備の膠着(こうちゃく)が続く。「こんな負の遺産を残して死ねない。島のことを一番分かっている島の人間の意見を無視して高さを決めるのはおかしい」。松島湾を望みながら遠藤さんは訴えた。

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