◆出身・臺さんのジャズバンド
東日本大震災で被災した大槌町出身の臺だい隆裕さん(21)がジャズバンドを結成し、プロのトランペット奏者として一歩を踏み出した。「被災した自分だからこそ伝えられる音がある」と信じ、震災から5年間の思いを込めた自作曲を収録したCDを20日に発売する。(柿沼衣里)
5月末、かさ上げ工事が進む町中心部を一望する高台で愛用のトランペットを手にした。出身高校の生徒らに演奏を指導するため、自宅がある東京から月1度は通う。津波で自宅は全壊し、両親は町内にあるトレーラーハウスで暮らす。町を見渡し、「懐かしいけど、全然知らない町にも見える。いつも不思議な感覚です」と感慨を語った。
震災時は大槌高校1年。吹奏楽部の練習中に揺れに襲われた。高台の高校は避難所になり、住民が避難し、遺体も運び込まれた。1枚の毛布を巡って大人がけんかをした。吹奏楽の練習を再開すると、避難者から「うるさい」と心ない言葉を浴びせられた。大好きだった音楽は「空腹を満たすことも、冷えた体を温めることもできない無価値なもの」と思えた。
震災の3か月後、町内で復興イベントが開かれた。吹奏楽部の一員として震災後初めてステージに上がり、住民の前で演奏した。明るい演歌中心だったが、渇いた喉を潤すように住民が聴き入り、「待ってたよ」「元気が出た」と涙ぐんで声を掛けてきた。「無価値」と思っていた音楽で気持ちがつながった気がし、涙が止まらなかった。「音楽は、物理的には何も満たしてくれない。でも、計り知れない力がある」。高校卒業後の2013年、プロを目指して東京の音楽専門学校に入学した。15年3月の町主催の追悼式典では「ふるさと」をトランペットでソロ演奏した。
ジャズバンドを結成したのは15年夏。同年春に専門学校を卒業した関東在住のピアノやサックス奏者ら6人でつくった。中心になった臺さんが、大槌の復興への思いを込めてバンド名を
「TSUCHIOTO(槌音つちおと)」と名付けた。CDには、5年間に味わった絶望や希望、音楽への熱い思いを込めた3曲を収録し、力強いリズムを刻む。
父の隆明さん(54)は震災後、会社員をやめ、被災地の子どもたちの音楽活動を支援する一般社団法人「槌音」の代表をしている。臺さんも将来は大槌に戻り、活動を引き継ぎたいと思っている。「被災経験を音楽で表現するのは誰でもできることじゃない。仲間と一緒に、『槌音』を響かせていきたい」と決意を語った。
CDは、「槌音」(090・8920・6803)で注文を受け付ける。