Wiederaufbau in Rikuzentakata

岩手・陸前高田、後戻りできぬ復興事業

Quelle: http://mainichi.jp/articles/20160314/dde/012/040/002000c

かさ上げが進む岩手県陸前高田市・高田地区。手前にはかつて川原集落があったが、今は盛り土を待つ空き地が広がる。震災では左奥の広田湾から津波が襲来した=同市高田町で

 東日本大震災から5年がたった今も、大津波で甚大な被害を受けた岩手県陸前高田市の沿岸部では、最大で12メートルかさ上げする工事が続く。造成地を道路から見上げると斜面は城の石垣のようだ。大規模なまちづくりが進むが、震災前のにぎわいを取り戻せるかは不透明だ。現場を歩いて見えてきた被災地の未来とは。【春増翔太】

くしの歯が欠けたような街に?

 白砂青松の景観で知られた、同市中心街の高田地区は2011年3月11日、最大17メートル超の大津波に襲われた。1900棟以上の建物が全壊。市全体では、人口の7%に当たる1761人が犠牲になった。

 「壊滅した街」をどう復興するのか−−。市は11年12月、山を切り崩した高台に住宅地を造成、低地は盛り土して宅地を含む中心市街地を整備する復興計画を示した。当時、市の復興対策局長を務めていた蒲生琢磨・企画部長はこう振り返る。「被災住民の大半が『低地には住みたくない』と高台移転を望みました。一方、商業地や公共施設が集まる『街の顔』は、低地で利便性の高い元の市街地に置くのが適当だと考えたのです」

 市は、国の「土地区画整理事業」を活用し、高田地区には約550億円を投入することを決めた。区画整理事業は、土地の区画を変更して道路や上下水道、公共施設などを整備し、対象地区の住民は新たな区画の宅地と交換(換地)する。高田地区の場合、被災住民は、高台(計45ヘクタール)か、かさ上げ地(計91ヘクタール)のどちらかを選び、再建を目指すことになった。

 だが、事業完了は18年度末の予定でゴールは遠い。かさ上げ地の中心部には今夏にも一部の商業施設が着工するが、その周囲に被災住民が家を建てられるのは、17年度以降になる。果たして再び街ができるのだろうか。

 高田地区の川原集落で畳店を営んでいた菊池純一さん(58)は否定的だ。「かさ上げ地に家が建つわけないよ。希望者がいる高台と違ってゴーストタウンになるだろうね。多少、店ができても人が戻らなきゃ街と言えないからな」。自身は高台での営業再開と自宅再建を希望。仮設の店舗兼住宅で暮らしながら、高台の造成が終わるのを待つ。

 なぜこのような状況に陥っているのだろうか。

 高台の造成地を無駄にしたくない市は14年夏、高台への移転希望者に「土地の引き渡しから2年以内に住宅メーカーと建築契約を結ぶ」との条件を付けた。換地対象者900世帯のうち「高台希望」は603世帯いたが、この条件を見て360世帯に減少。一方、かさ上げ地では約540世帯が換地するが、半数近い243世帯は「当面は家を建てる見込みがない」(市幹部)。既に災害公営住宅に入居したり、市内外の新たな土地で自宅を再建したりした住民も多いからだ。

 川原集落に住んでいた団体職員の橋詰清さん(49)もその一人。昨年4月、高田地区の隣の地区に家族4人が暮らす自宅を建てた。「建築費は上がり続けているから再建が遅れるほど高くなる。何年も待てなかった」。震災前の所有地は、かさ上げ地で換地することになるが「使う当てはない」と語った。

 商店街再建も厳しい。陸前高田商工会によると、高田地区では震災前、400軒近い店舗や事務所があった。だが、中心商業地での出店が決まっているのは、まだ50軒ほど。周囲に家が建たないことを危惧して出店をためらう事業者も少なくない。店舗や住宅が点在する、くしの歯が欠けたような街になってしまう恐れもある。

「後ろ向きなことはいえなかった」

 希望を込めた復興の歯車はどこで狂い始めたのだろう。

 国土交通省は11年6月、自治体の復興計画に役立てようと有識者らによる調査を各被災地で始めた。その一人、東京大の羽藤英二教授(都市工学)は陸前高田に震災10日後に入った。「本当は『縮退の時代』の復興に見合った計画を立てるべきだったが、震災直後にそんな雰囲気はみじんもなかった」と、当時の様子を語る。「防潮堤はもっと低い方がいい」「人口減少社会を計画にどう取り入れるか」などと、何度か問題提起をしたが、市や国の主導で大きく構えがちな復興計画を前に「常に少数派だった」。

 実はあの頃、蒲生さんも苦悩していた。「これから復興、という時に『人口が減るから小さな街をつくります』という後ろ向きなことは言えませんでした」。さらに、かさ上げ地の規模は過大で、そうなった一番の要因は、高台造成の影響だと打ち明ける。

 山の造成で大量の残土が出る。市が13年1月に試算したところ、市内全域で実に東京ドームの16杯分、計2037万立方メートルの残土が発生することが分かった。「高台造成を決めた時から残土処理は大きな課題でした。結局、かさ上げ地の規模を決めた最大の理由は『どれくらいの範囲に盛れば残土を処理できるか』に尽きる。多くの住民が高台移転を希望していたので、かさ上げ地を手にした人が、そうそう戻ってこないのは想定できました」と述べる。つまり、かさ上げ地の規模は残土処理優先の計画にせざるを得なかったのだ。

 区画整理事業が、復興事業にマッチしていない現実も浮かび上がっている。羽藤さんは「今だから言えるが、区画整理は本来、人口が増えて地価が上がることを前提とした枠組み。人口減を想定すべき被災地の復興にそもそもそぐわなかった」と説明する。

 羽藤さんと共に同市の復興計画作りにたずさわった東京工業大の中井検裕(のりひろ)教授(都市計画)も「計画策定時から住民の流出は想定できました。だが、区画整理事業を基本にした復興計画は『造成する必要がなくなる』という変化を途中で吸収できない。そういう柔軟性のなさは、仕組みそのものの限界だろう」と悔やむ。

 震災に遭わなかったとしても人口減少が進むであろう街に、被災前と同規模の宅地を整備する−−。そのひずみが表面化しても復興事業は後戻りできない。行政もジレンマに苦しんでいる。

 これは同市だけの問題ではない。南海トラフ巨大地震など災害リスクが高い自治体も同様の問題を抱えている。陸前高田から学ぶべき点として、中井さんは「災害前にあらかじめ住民と行政が被害想定や復興のやり方を議論しておくべきです。災害後に取るべき道が事前の話し合い通りにならなくても復興計画のたたき台になります」。いわば「事前復興」。備えておけば、縮退の時代での復興にも対応できる余地があるということだ。

「市が最後まで責任持つ」

 陸前高田の将来が閉ざされたわけではない。蒲生さんは「市はかさ上げ地の土地利用について最後まで責任を持つ。空き地が建物で埋まっていく手立ては必ず考える」と述べ、市が復興の陣頭に立つ姿勢を強調する。

 暮らし続ける人がいる限り陸前高田のまちづくりは続く。課題を克服する道のりで、得られるものが、きっとあるはずだ。

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