Interview mit dem Bürgermeister von Otsuchi: Ikarigawa-san

岩手県上閉伊郡大槌町長 碇川豊さん

地震と津波の大きな被害を受けた岩手県上閉伊郡大槌町の町長をしていらっしゃる碇川豊町長にインタビューをしてきました。町長の復興への熱い想いを語っていただきました。2015.03.09

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Interview for 3.11 vol.3岩手県上閉伊郡大槌町の現町長、碇川豊さん。2011年に東日本大震災が起こったのち、8月に大槌町長となり現在に至る。著書に『希望の大槌 逆境から発想する町』(2013年3月 明石書店)がある。

町長としての4年間

―本日はよろしくお願いします。早速ですが、まず震災当時の大槌町の状況についてお聞かせください。

東日本大震災の直後は、まさに空襲を受けた焼け野原のような景色が広がっていました。
その中で、ゼロからまちづくりをして行くというのは、想像するのも大変な状況でした。本当にこのような状況から復興できるかどうか、不安に感じていた部分も大きかったです。でも、やっていかなきゃならないことがある。絶望の淵におとされたような、再び立ち上がることさえも難しい状況でした。人口の約1割にものぼる多くの住民が亡くなり、復興の担い手である職員も大勢亡くなりました。。
いま思うとあの状況の中で町長になろうと思ったこと自体が、無謀までとはいかないけれども、大きな決断をしたなと思います。

―「町長になろうと思った」とおっしゃいましたが、あの災害から5か月後に、碇川さんは町長選挙に立候補されています。震災後、大きなプレッシャーを受けることが予想される中で、立候補を後押ししたものは何だったのでしょうか?

私は町長になるための選挙が行われるまでの数か月間、いかにして復興を遂げるか悶々として考えていました。その中で、「この復興は行政が一方的に押し付けてはだめだ」と気づきました。「住民主体のまちづくりをしていかないと、この町は無くなるぞ」という思いでした。明治29年、昭和8年、昭和35年、そして今回。明治29年、昭和8年、昭和35年、そして今回。この4回の大震災津波を踏まえて、そこに住んでいた人、またこれから住み続ける地域の人たち自身が、復興を考えることが一番重要だろうと思ったのです。
したがって私は町長に就任してすぐ、『住民主体のまちづくり条例』を議会に提案し、可決したことの趣旨通りに復興を始めました。まずは、復興協議会というものを地域ごとに計10個立ち上げて、震災後の10月に全体会を開きました。そこで「地域ごとの復興計画をできるだけ早めに作ってください」とお願いしました。
震災で前町長がなくなり、トップ不在の期間が長かった大槌はその時点で他市町村に後れを取っていました。一刻も早く復興計画が必要でありながらも、町の将来を決める、とても大きくて重要な計画、しかも行政ではなく住民達が自ら作るものですから、平時であれば、一か月やそこらでできるものではありません。
しかし、この時は、年内に復興計画を完成できるという気持ちが強くありました。それは昔から大槌の集落に根付き、住民の間で育まれてきた「結(ゆい)」の精神、つまりは助け合い団結する気持ちのこと、私はそれに賭けたのでした。
そして期待通り、12月10日頃にそれぞれの集落から復興計画があがってきたのです。そして12月26日に大槌町復興計画が議会で成立しました。
あの状況において行政が先頭に出ていくのではなく、震災前から大槌にある東京大学大気海洋研究所の先生方にお手伝いを頂きながら、住民から上がってくる復興への計画を調整してもらったことが、功を奏したのかなと思っています。

写真② (2)

―では、復興計画を策定してから4年を迎えるにあたり、町長が現在の復興状況について感じることを教えてください。

大槌町は平成23年度から30年度までの8か年の復興計画を建てています。したがって今は、折り返しの時点にきていることになります。
復興状況について感じることは、水平線をゆっくり進む船のようなものだということです。
毎日この復興状況を見ている人から見ると、なかなか進んでいることがわからない。でも目を少しそらしてからその船を見ると、動いていることがわかるように、町外から来る人にとっては復興が進んでいるのが解る。そんな感じなのかなと思います。

―町長は40年以上も大槌町職員を務め、大槌の良さや魅力を今までもたくさん見てきていると思います。その中でも特に、町長の4年間を振り返って感じること、考えることはありますか?

復興を通じ、地元を思う住民のパワーや、住民の結束力が向上したことを誇りに思います。
震災以前は町の総合計画を作るような時に、懇談会を開いても参加率は高くありませんでした。しかし、震災の影響もあって、自分たちの町をこうしたい、ああしたいという懇談を何十回もやっている中で、今まで、参加しなかったり、発言しなかったりした人も参加するようになりました。今まで、我々は外の地域との交流を積極的には行っていませんでした。
しかし、震災後に多くの支援者、ボランティア、学生、外国人など、これまでにないくらい様々な人と交流を深める機会が増えました。
そのなかで、自治体だけでなく、町民の視野も広くなったように感じています。

大槌の魅力を広め、これからも忘れないために

-町長は、40年以上大槌町の職員を務めておられ、まさに大槌の町に捧げてきたといえると思います。それは、大槌町の魅力が町長を惹きつけているのではないかとも考えたのですが、大槌の魅力、地域の強みはどのようなところだと思いますか?

日本全国そうだけど、特に自然の景観が美しい街だなあと感じます。
それに大槌町には郷土芸能団体が19団体あります。神楽であったり、虎舞であったり、獅子踊りであったり、七福神であったり、さまざまな団体が現在も活動しています。
こんな小さな町で、こんなにも多くの郷土芸能がある町ってなかなかないですよね。
歴史的にも古い土地で、香り高い文化のある町だと思います。人情味があり、心の優しい人がたくさんいる、そんな町ではないかなと感じます。

ワードプレス用

―震災直後から今まで、大槌町を含め被災地域で活動しているボランティアがたくさんいます。
ボランティアの活動を見て、どのように思いますか?また、4年が経過する今、ボランティアに行く意味があるのかという声もあります。
町長はどのように考えますか?

震災当時も今も心から感謝の気持ちでいっぱいです。
震災直後からの復旧期には全国からたくさんの方々が駆けつけて下さり、本当に助かりました。一方で、震災後3年4年と過ぎてくる中で、ボランティアも減り、震災が風化し始めているのは当然のことだと思います。
復旧期にはガレキ処理や泥の片づけなどマンパワーが必要な作業が多く、始めはボランティアに頼る部分もかなりありました。
でも今は、作業として業者の担う大きい工事が進められている状況にあります。
橋や道路を作る仕事などは、当然ボランティアじゃできません。そのかわり、復興のソフト面ともいえる住民の心のケア、例えば、応急仮設住宅の暮らしが長い皆さんを勇気づけるような存在、心の拠り所となり、被災地を励ます役割を担ってもらえるのではないかと思います。
私はいつも、「私たちはいつも大槌にいるので、来てくれるだけでありがたいです。」という話をします。そして大槌で買い物をして、ご飯を食べて、励ましてくれる、それだけでいいのです。大槌に来て感じた魅力についてほかの人へ発信してもらえれば、さらに嬉しいことです。
そして、例えば手紙などで交流が続くような大槌との繋がりを持っていただき、リピーターとなって足を運んで、長い目で復興を見守ってもらえたらありがたいですね。

―では最後に、現役の大学生や高校生に向けてのメッセ―ジをお願いします。

被災地を訪れたことのない学生は、一度来てみるべきだと感じています。
大槌は全人口の一割の方が亡くなり、いま、ゼロからのまちづくりをしています。多くの学生は、これから人生の中で、楽しいことだけでなく、様々な苦しみ悲しみにも遭遇するでしょう。
今、現実にこれほどの苦しみや悲しみに遭いながらも、再び立ち上がろうとするこの町の様子を目にし、ここに生きる人々の決意や明るさに触れることによって、視野が少し変わったり、自分を少し成長させることができたりするのではないかと思います。

http://youthfor311.com/interview-for-3-11-vol-3/

Einladung zur Teilnahme: Symposium „Sanriku Fukkou“ am 5. 9. in Yoyogi, NYC und am 6.9. im Goethe Institut in Akasaka

 

 

Flyer Goethe

9月5日(代々木オリンピックセンター)9月6日(赤坂ドイツ文化会館)にて開催の「第二回三陸復興シンポジウム」にて、世界中で注目されている防潮堤問題、海と生きるふるさとの人々、海外の生徒達と被災地の小学生達と行った「海と生きる」交換ワークショップなどから得た、持続可能な災害復興と安全で豊かな未来のあり方について、国際的視点から意見を発表します。

入場無料、予約不要、発表は日本語英語ドイツ語に通訳ですので、みなさまお誘い合わせの上、ぜひご意見をお伝えにいらしてみてください。(大塚)

Please share! ‚Sanriku Reconstruction Symposium‘ held at the National Institution for Youth Education National Olympics Memorial Youth Center on 5 Sep 2014 and at The Goethe Institution in Akasaka on 6 Sep 2014 in Tokyo.

Hiroko Otsuka will talk about: ‚Live Together With The Sea – The Seawalls, Education and Intercultural Communication‘ – The role of education and ‚intercultural‘ communication in post-disaster Kesennuma, my hometown, from the view point of a teacher, a mother and an ordinary global citizen whose survived family and townspeople are being challenged by the issues of giant concrete seawalls, disaster risk and reconstruction of sustainable future.

Please come and give us your opinion, especially if you are interested in giving voices to those who often do not have, like women, children and victims of disasters?

 

Im Rahmen der 2. Deutsch-Japanischen Summer School DJSF Sanriku Fukkou findet am 5. 9. in Yoyogi, NYC, und am 6.9. im Goethe Institut in Akasaka das 2. Symposium zum Wiederaufbau an der Sanriku‬ Küste statt. Wie sieht es dreieinhalb Jahre nach der‪ großen Tsunami Katastrophe‬ aus? Am 5. September ist u.a. an Beispielen aus Kesennuma: Shibitachi und Koizumi‬ Bucht, der Schwerpunkt auf resiliente Planungen mit Perspektiven auf einen Wiederaufbau und ein Leben im Einklang mit der Natur gelegt. Wichtig ist, wieder Kraft und Identität zu erlangen. Hier spielen überlieferte Traditionen, Shintoriten, Matsuri, Tänze, Volkskunde und überlieferte Kenntnisse vom Leben mit Wald, Meer und Küste in Einklang mit der Natur.

Gerade die Koizumi Bucht ist international in den Medien bekannt geworden, da hier eine 90 m breite und 14,7 m hohe Betonmauer errichtet werden soll, die den nach dem Tsunami übrig gebliebenen gesamten Sandstrand bedecken wird.

Am 6.9. beschäftigen wir uns mit der aktuellen Politik in Japan, das Verhältnis zu China und Deutschland, und ob es ein Umdenken in der japanischen Gesellschaft in Bezug auf zukünftige Energiepolitik gegeben hat, sowie den Strukturen in Politik und Bauindustrie.

Bitte besuchen Sie das Symposium in Yoyogi, NYC und im Goethe Institut, Akasaka

Anfahrtsbeschreibung:

National Institution for Youth Education National Olympics Memorial Youth Center (NYC)
3-1. Yoyogi Kamizono-cho, Shibuya-ku, Tokyo 151-0052 JAPAN
TEL.+81-3-3467-7201(General number)

Goethe Institut, Tokyo

Adresse: 7 Chome-5-56 Akasaka, Minato, Tokyo, Japan

Telefon:+81 3-3584-3201

Neues Programm:…

Zitat

Poster zur Ankündigung der

2. Summer School Sanriku Fukkou

 

2. Summer School Sanriku Fukkou + Logo

Neues Programm:

2. Deutsch-Japanische Summer School „Sanriku Fukkou“ 2014
03.09. bis 24.09.2014

Vom 03.09. bis zum 24.09.2014 findet in Tokyo und Tohoku die 2. deutsch japanische Summer School Sanriku Fukkou inklusive eines Workcamps in der Stadt Otsuchi. statt.

Hintergrund:
Iwate, die zweitgrößte Präfektur Japans, ist sehr dünn besiedelt und bekannt für seine Bodenschätze, Buchenwälder, Onsen und die wunderschöne Natur. Traditionen wie Shinto-Feste, Tänze und Legenden (Tōno Monogatari) sind hier weiter lebendig.
Am 11. März 2011 starben dort viele Menschen durch Erdbeben und Tsunami. An der zerklüfteten Steilküste (Sanriku) waren die Wellen bis zu 40 Meter hoch und zerstörten ganze Städte. Selbst tausend Tage nach der Katastrophe leben noch über 36.000 Einwohner in temporären Containersiedlungen. Der Wiederaufbau kommt nur sehr langsam in Gang bzw. stoppt fast ganz.
Iwate hatte schon vorher mit Problemen wie Überalterung und Landflucht zu kämpfen. Seit 2011 verloren die Städte Otsuchi, Rikuzentakata und Yamada zusätzlich fast 30 Prozent ihrer Einwohner. Für die Summer School werden wir in diese Region fahren und das Band der Freundschaft (Kizuna) zu betroffenen Bewohnern spannen. In den Community-Centern der Städte Tōno, Taro, Otsuchi, Kamaishi, Rikuzentakata und Kesennuma sprechen wir mit den Menschen über ihre Erlebnisse, Wünsche und Hoffnungen. Wir werden gemeinsam Kunsthandwerk kennen lernen, einen Kräutergarten (https://www.facebook.com/tonomagokoronet) anlegen und Bäume pflanzen (https://www.facebook.com/greatforestwall).
Oberschüler aus Iwate, die im März 2013 Deutschland besucht haben und Schüler des Tsubasa-Projektes (http://www.kizuna-in-berlin.de/projekt-tsubasa/) werden uns ihren Alltag zeigen und von ihren Zukunftsplänen berichten. Entlang der neuen Märchenstraße von Hanamaki über Tōno bis Otsuchi wandeln wir auf den Spuren von Miyazawa Kenji  und Sasaki Kizen („der japanische Grimm“) und lernen die Verbundenheit der Bewohner mit ihrer reizvollen Landschaft kennen.
Trotz der Schwierigkeiten beim Wiederaufbau hat die Katastrophe auch zu einem Umdenken in Energiefragen angestoßen. Die Regierung erließ Gesetze, sodass an vielen Orten Wind- und Photovoltaikparks entstehen können. Die Wälder werden aufgeforstet, Biomasse-Anlagen werden errichtet – darunter befinden sich auch viele deutsch-japanische Projekte. Diese vielfältigen Themen wollen wir vor Ort aus erster Hand kennen lernen.
Die Bewohner hinterfragen Projekte der Regierung, die entlang der Sanriku Küste im Nationalpark 14,7 Meter hohe Betonwälle errichten wollen. Zusammen mit Bewohnern der Koizumi Bucht (Kesennuma) und in Otsuchi werden wir in gemeinsamen Workshops mit internationaler Beteiligung über einen holistischen Ansatz für die Landschaftsplanung beim Wiederaufbau nachdenken und Aufzeigen, wie wichtig die Eigeninitiative ist, Zielgruppe: ca. 15 Teilnehmer/innen zwischen 18 und 30 Jahren
Kosten: Flugticket plus ca. 980 Euro