Politik des Wiederaufbaus in Otsuchi

東日本大震災5年 第1部 まちづくり/4止 「選択と集中」を模索

町長を1期で退くことになった碇川豊さん。「キャンバスの下地はつくった。色を塗れない無念さはある」とつぶやいた=岩手県大槌町で、竹内良和撮影

岩手・大槌、膨らむ事業数 将来の維持費に懸念

 東日本大震災の被害から立ち上がるため自治体の復興事業数は膨らんだ。だが、人口減少が進む中、整備したインフラの維持がいずれ財政を圧迫しかねない。未来につながる復興のあり方を自治体は模索する。

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 昨年春。岩手県大槌町長(当時)の碇川(いかりがわ)豊さん(64)には寝耳に水だった。1週間前に会計管理者への辞令を交付した部下が辞表を出したという。部下は8月の町長選への出馬を表明する。「『選択と集中』で復興のスピードアップを図る」。そんな公約を掲げた。

 町では、震災で人口の8%の1277人が犠牲になり、役場も町長と職員の計40人を失った。元町総務課長の碇川さんは2011年8月の町長選で初当選。突貫作業で防災集団移転促進事業(防集)などハード中心の復興計画を2カ月で仕上げた。計画は14年3月、福祉や教育も含む内容に練り直され、大学教授や住民代表ら委員12人が復興の基本計画を改めて議論した。

 人口減少の現実を住民に認識してもらおうと、計画書の巻頭に右肩下がりのグラフを掲載する案が出た。地元委員が猛反対した。「“安楽死”させるまちづくりに熱くなれるはずがない」。有識者委員が反論した。「見たくない現実だからといって伏せるのはいけない」。結局、グラフは目立たない巻末資料とすることで決着した。基本計画に「町の魅力向上で定住促進」との理念がうたわれた。

 14年度以降の町の復興事業数は255に膨らみ、人口で6割多い同県陸前高田市の事業数を90近く上回った。町産木材を使った公民館建設、町道の融雪機能整備、全町でのケーブルテレビ整備−−。震災前より質の高いまちを目指した取り組みも盛り込まれた。

 町職員は現在、他自治体からの応援を含め300人弱。震災前から約160人増えたが、年間50億円だった当初予算は復興事業で500億円に膨張し、震災前の10倍の事業を2倍の職員で担う形だ。事業執行はパンク状態となり、町長自ら町施設の用地交渉で地権者宅に向かった。15年度予定だった防集の完了は、17年度予定にずれ込んだ。

 町長選で、かつての部下、平野公三さん(59)に碇川さんは939票差で敗れた。復興の遅れへのいらだちを、町のトップとして頭を下げて受け止めるしかなかった。だが、碇川さんは今も、従来の復興計画に誤りはないと考えている。

 「『選択と集中』は平時の言葉だ。震災で全てなくなり、橋も学校も造り直さねばならない。そんな時に仮に今の人口が半分になりそうだからといって半分のまちづくりなどできない」

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 平野さんは、過剰なインフラ整備は維持費がかかり、人口減少で税収が細る町の財政を圧迫すると考えていた。町長就任直後から復興事業の見直しに着手したが、すぐ壁にぶつかる。

 「なんでこんなに遅れるんだ。もう疑心暗鬼になっている」。昨年10月、町東部地区の公民館で開かれた住民説明会。高台の造成が半年近く遅れると発表すると、マイクを握る初老の男性が顔を紅潮させた。この地区の計画遅れの発表は3度目。造成区画を減らすなど抜本的見直しをさらに行えば、一層の遅れは避けられない。男性の言葉を「町民全体の思い」と理解した。翌月、町が発表した復興事業の見直しは、災害FMや漁業振興などソフト事業中心の廃止にとどまった。

 昨年の国勢調査速報値で町の人口は10年比で23・2%減の1万1732人となり、県内最悪の減少率だった。「面かじいっぱい切りたいが、そうすれば町は混乱し転覆する」。平野さんは針路変更の難しさをかみしめる。だが、「少しずつでも方向を変えていければ、何年か先には結果が出る」と今後も見直しを検討するという。【震災5年取材班】=おわり

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 第1部は、竹内良和、伊藤直孝、本橋敦子、春増翔太、浅野孝仁、近藤綾加、樋岡徹也、坂口雄亮が担当しました。

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