Immer noch in der Kritik, der Deichbau an der Koizumi Bucht

宮城

<復興の虚実(1)>防潮堤[上]隔絶された海 賛否が対立、浜を分断

宮城県内で最も高い海抜14.7メートルの防潮堤。建設の賛否を巡り、住民の間にしこりが残った=気仙沼市本吉町の小泉海岸

 東日本大震災の被災地に、復興の理想と現実が交錯する。発生から6年半、崩壊した風景の再建は進んだが、住まいやなりわいの足元は固まっていない。宮城県知事選(10月5日告示、22日投開票)は、復興完遂に向けた道筋が争点となる。「フッコウ」の掛け声が響く中、沿岸には被災者の苦しい息遣いとやり場のない嘆きが漂う。

◎2017宮城知事選

<「誰も語らない」>
住民の命を守るはずの防壁が地域を分断し、浜に暗い影を落とす。
海抜14.7メートル、長さ800メートル、最大幅90メートル。既に表面の大半がコンクリートで覆われた巨大建造物の上を、ショベルカーや巨大クレーンが慌ただしく動く。
気仙沼市本吉町小泉地区の海岸に、宮城県内で最も高い防潮堤が姿を現しつつある。県は本年度中の完成を目指し、整備を進める。
「今、小泉で防潮堤の話をするのはタブー。もめたくないから誰も語らない」。建設反対を訴え続けた男性(50)が打ち明ける。職場の上司から「防潮堤の話はするな」とくぎを刺され、男性も外部への発言を極力控えるようになった。

<しこりは消えず>
計画が示されたのは2012年7月。「命が大事」と早期建設を求める賛成派と、環境などへの配慮を求める反対派が対立した。
賛成派で、地域の意見集約に奔走した地元の市議(55)は「生々しい津波の記憶が残る中、悩んだ末に出した結論だった」と振り返る。約20回の説明会を経て県は「了承を得た」と判断したが、賛否で生じた地域のしこりは今も消えない。
国の中央防災会議専門調査会が11年6月に示した提言に基づき、県は数十年から百数十年に1度の津波に対応できる堤防の高さを決めた。「津波から命を守る」を旗印に建設に突き進む県の姿勢は、しばしば被災地の反発を招いた。
県が同市本吉町の日門漁港に計画する海抜9.8メートルの防潮堤は、地域住民の反対で着工のめどが立たない。長さ280メートルの防潮堤を築くと、国道から海や港が見えなくなる。
今年5月に地元の公民館であった説明会。県は2メートル間隔で壁に小窓を設ける修正案を示したが、住民は納得しなかった。地元の漁師(69)は「景観は宝。小さな窓では海の様子は分からない。県はわざと騒ぎの種をつくるのか」と憤る。
「選択肢がない状況で、住民に是非を迫るのは問題だ」。大谷里海づくり検討委員会事務局長の三浦友幸さん(37)は、県が一方的に計画案を示すやり方に疑問を感じている。

<歩み寄りに時間>
三浦さんらは大谷海岸に防潮堤を築く県の計画に反対した。砂浜を守るため、建設位置を内陸に移して国道との「兼用堤」とする対案を出し、粘り強い交渉で実現させた。意見集約から交渉まで5年。三浦さんは「行政と住民が歩み寄り、信頼を築くには時間も必要だ」と訴える。
防潮堤に守られる住民から批判を浴び、時に浜の分断を生みながら、県は淡々と整備方針を貫く。各地の浜に出現し始めた巨大な壁が、異論をはね返す。
気仙沼市議の今川悟さん(42)は「県にとっては単なる土木事業の一つだが、住民にとって防潮堤は街づくりの一つ。浜ごとの思いをくみ取ってほしかった」と批判を強める。(気仙沼総局・大橋大介)

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Für und Wider des Deichbaus nach dem Tsunami in Tohoku, immer noch gibt es viele Einwände

進む防潮堤建設、高さに戸惑いの声 市担当者からも異論

加藤裕則、渡辺洋介

2017年9月12日00時42分

【動画】宮城県気仙沼市で建設が進む防潮堤

 東日本大震災から11日で6年半を迎えた。岩手、宮城、福島の3県は防潮堤を591カ所(約390キロ)で計画し、9割近くで着工、竣工(しゅんこう)しているが、宮城県気仙沼市などの少なくとも5カ所で住民が反対している。着工・完成した地域でも、その高さに戸惑い、まちをどう再建していくのか揺れている。

気仙沼市日門(ひかど)地区。県は高さ9・8メートル、長さ280メートルの堤防を計画している。今年5月、地元公民館に20人ほどの住民が集まり、県の説明会が開かれた。「青い海を見ながら暮らしたい」と反対する住民に対し、県は必要性を訴えた。

会も終わりに近づいた頃、意外なところから反論が出た。県とともに住民の説得に当たるはずの市の担当者だった。「住民や店を営む人たちが必要ないというのであれば、それを受け入れていいのではないか」

会場は静まりかえった。県の担当者は「重い意見だ」と絞り出すのがやっとだった。年内にも再度、説明会が開かれる予定だ。

「6メートルは高すぎる。海が見えず、危険が増す」。昭和チリ地震の津波も経験したという82歳の漁師は声を張り上げた。今月8日、石巻市表浜地区。住民十数人、県側の5人が漁協に顔をそろえた。6メートルの防潮堤を港の周囲に造る計画について、意見交換会があった。

ログイン前の続き漁師は「なぜ意見を聞いてくれないのか」と食い下がったが、県の担当者は「国の指針に沿って堤防を計画している」。来春までに地元合意を取り付けたいとしている。

巨大堤防建設の発端となったのは、2011年6月の政府の中央防災会議専門調査会だ。数十年~百数十年に1度の津波を防ぐ高さで整備することを決めた。現在、34都道府県で防潮堤の計画を策定し、一部で工事が始まっている。

死者・行方不明者1万8440人。戦後最大の災害に対し、政府や自治体は「『想定外』はない」「命を守る」との決意のもと、住民に高台移転を促し、防潮堤のかさ上げや新設に踏み切った。宮城県村井嘉浩知事は「頑固だと言われるかもしれないが、県民の命を守りたい」と話した。

建設が始まった地域も、悩みは深い。

石巻市雄勝町。最大9・7メートルの計画に対し、「海と共に生きてきた雄勝の文化が失われる」との反論もあったが、「まちづくりを遅らせるわけにいかない」と県は昨年4月、着工を決め、工事が進んでいる。

人口約4千人。津波は過疎化に拍車をかけ、巨大な防潮堤計画は町を二分した。人口の7割にあたる2千数百人が町を離れ、とどまったのは約1千人。防潮堤で町の様相は一変するが「雄勝を捨てるわけにはいかない」(住民の一人)と、堤防と共存した新しいまちの形を模索している。

岩手県は整備予定の134カ所のうち、住民の要望を受けて16カ所で高さを下げた。釜石市の花露辺地区では高さ14・5メートルの防潮堤計画があったが、完成に5年かかることが判明。住民らは高台移転と避難路を造る代案をまとめて建設の撤回を求め、県も応じた。町内会長だった下村恵寿さん(68)は「海が見えず、漁ができなければ集落は崩壊する」と話した。

福島県では101カ所のうち半分で完成している。従来の堤防を1メートルほどかさ上げしたところが多く、反対運動はなかったという。

■合意方法など全国に影響

防潮堤の要不要、高さや合意の方法は、被災地だけの問題ではない。

温泉や観光が地域経済を支える静岡県伊東市。今春、市内10地区の海岸で防潮堤の新設を見送った。市は住民の意思を尊重したほか、「観光面でマイナスが大きかった」といい、避難路の拡充などを検討する。新井地区の増田直一区長(80)は「防潮堤があると生活が成り立たない。大切なのは逃げること」と話す。

県は3年前、防潮堤計画の策定に際し、景観や自然をできる限り守り、住民の意向を重視する静岡方式という考え方をとりまとめた。担当者は「東日本大震災の被災地では防潮堤で多様な議論があったようなので参考にした」と話す。

徳島県は厳しい財政事情を考慮し、今後20~30年で優先的に整備する39海岸を選び、一部で着工した。国の指針より高さは低いが、「避難時間を確保する高さ」という基準を設け、既存の堤防のかさ上げや補強で対応している。事業費は600億円。担当者は「国の補助金が薄い自治体で国の指針の防潮堤をすぐに整備することは難しい」と話した。(加藤裕則、渡辺洋介)

Artikel von Prof. Anawat Suppasri

 

In der Summer School werden wir am 13.09. von Prof. Anawat Suppasri betreut. Hier ein Artikel vom ihm als Hintergrundsinformation:

Anawat Suppasri - Carried by the Waves

https://www.tohoku.ac.jp/en/research/research_highlights/anawat_suppasri.html

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Professor Anawat Suppasri

Associate Professor of Tsunami Engineering Research
Hazard and Risk Evaluation Research Division.
International Research Institute of Disaster Science

Awards

2015 – Construction Engineering Research Award, Society for the Promotion of Construction Engineering
2015 and 2013 – Outstanding Reviewer Award, International Journal of Disaster Risk Reduction
2013 – Hazard 2000 Award, Japan Society for Natural Disaster
2011 – Coastal Engineering Journal Award

 

http://www.tsunami.civil.tohoku.ac.jp/hokusai3/E/index.html

Herzlichen Dank für Ihre Zusammenarbeit!

 

 

An der Koizumi Bucht soll der Naturschutz mehr Beachtung finden

五洋建設や戸田建設が防潮堤の建設現場で環境に配慮

2017.08.30
工事に伴い移植されて残ったウミミドリ(宮城県レッドリスト絶滅危惧種指定の海岸植物)

巨大な防潮堤が環境や景観を破壊するという批判が広がるなか、建設会社数社が環境配慮型の工事を進めている。宮城県気仙沼市の中島海岸では、干潟保全を求める住民の声を受けて、発注主の宮城県が希少生物の移植や塩性湿地の造成を決定。建設会社は継続的に生物学者の助言を受けており、五洋建設や戸田建設の社員は8月23日に干潟生物の専門家とともに現場で貝やカニなどの調査を行った。(瀬戸内 千代)

宮城県は、中島海岸に幅約95メートル、高さ約15メートル、長さ約820メートルの防潮堤を、津谷川河口から約2キロメートルの両岸に河川堤防を計画。2018年度の完成を目指し2014年に着工した。五洋建設・みらい・徳倉建設工事共同企業体(以下、JV)、竹中土木・橋本店・寄神建設JV、戸田建設・淺沼・三浦JV、野口建設、アルファー建設が、各担当工区を施工している。

約1ヘクタールの塩性湿地を造成するのは津谷川右岸堤防の陸側で、戸田建設・淺沼・三浦JVが担当。底生動物のために小さな河川の流れを寸断しないよう仮水路の設置や付け替えをしたり、希少植物を移植したりしている。

東日本大震災で壊れた右岸堤防の跡地には、多様な底生動物が住む干潟が形成されていた。住民による「小泉海岸及び津谷川の災害復旧事業を学び合う会」が、その保全を提案。県が設置した学識経験者から成る検討会も、建設地の生態系の重要性を指摘したため、工事の手順と内容が変更された。

10人の検討委員の1人で、県の「環境アドバイザー」を務める鈴木孝男・元東北大学助教は、干潟生物の専門家。昨年と今年5月に続き、8月23日も現場で生物調査を実施した。経過を観察しながら施工者に「水際はできるだけ勾配を緩くし、直線的ではなく凹凸など形状にも変化をもたせ、多様な生息場所の確保を」といった生態系保全のポイントを伝えている。

全工区の環境調査をとりまとめた五洋建設の環境事業部は、14人のうち2人が生物学の修士号を持っている。干潟生物の研究を経て、土木技術と環境技術の融合を目指して入社した環境担当の竹山佳奈氏は、「環境配慮したくても具体的な工夫が分からない施工業者が多いので、専門家に指導していただける機会は大切」と語った。

瀬戸内 千代 (せとうち・ちよ)
環境分野、特に海洋や生物をテーマとする海ライター。雑誌「オルタナ」編集委員、ウェブマガジン「greenz」シニアライター。1997年筑波大学生物学類卒、理科実験器具メーカー「ナリカ」でサイエンス・トイ企画など経験後、出版業に転職、2007年に環境ライターとして独立。自治体環境局発行のメールマガジン、行政の自然エネルギーポータルサイト取材記事などを担当。2015年、東京都市大学環境学部編著「BLUE EARTH COLLEGE ようこそ、「地球経済大学」へ。」(東急エージェンシー)の編集に協力。瀬戸内海や房総半島に暮らす人々に取材し雑誌や企業広報紙で地域の魅力を発信する仕事や、海洋環境保全NPO「OWS」などの機関誌編集ボランティアを継続している。

Kagura Tänze sind wichtig für die Identität und für den Wiederaufbau

サステナビリティ 新潮流に学ぶ

第11回:震災・復興とお祭りの復活――サステナビリティの底流

2017.08.29

SB-J コラムニスト・古沢 広祐
再建された八重垣神社の浜下り行事(宮城県山元町、2017年7月30日、筆者撮影)
3.11東日本大震災から6年半以上が経過し、甚大な被害の記憶が薄れつつある中、被災地では夏のお盆行事やお祭りが復活しています。豊かな自然・伝統文化を育む東北・三陸地域一帯では、祭事・郷土芸能が日々の暮らしと深く結びつき継承されてきました。そうした文化的な力が、災害への回復力(レジリエンス)や復興過程に人々を繋ぐ原動力として見直されています。

伝統文化・祭事の復活の意味

7月下旬から8月にかけ、宮城県を中心に被災各地を訪れました。沿岸部の多くの所で巨大防潮堤の建設が進み、万里の長城のごとき景観が延々と立ち現れています。そして、仮設住宅から高台移転や復興住宅などへ、住民の移住も着実に進んでいました。

復興への歩みが進行しているなか、高齢化や若者の流出などの困難な厳しい状況は、全国に先駆けて深刻化しています。高台移住、防波堤建設などハード面での復興に目が向きがちなのですが、一方では人々の暮らし・コミュニティ・文化面での再建の重要性が、あらためて再認識され出しています。

とくに東北地方は、昔から伝統芸能や祭事などが人々の暮らしと深く結びついて、脈々と引き継がれてきた地域でした。震災を契機に気づかされたのは、人々の暮らしの基底には歴史・文化的な水脈があり、危機的な状況下でその力が甦り、出現する様子でした。

震災翌年に開催された伝統芸能大会(岩手県大船渡市、2012年2月25日、 筆者撮影)

豊かな自然・伝統文化を育んできた東北地方、三陸地域一帯は、祭りや、神楽(かぐら)などの郷土芸能が人々の日々の暮らしと深く結びついて継承されてきた地域です。そうした文化的な力が、震災・復興の過程における再生の原動力としてあらためて見直されているのです。これまで見過ごされ、過去のものとして忘れ去られていた伝統文化、とりわけ地域社会が継承する歴史・文化的な蓄積が、巨大災害を契機にして蘇ってきたのです。それは、人間存在の在り方や日本社会の姿を見直す意味でも、また広く世界や人類史的な視点からみても、注目すべき多くの示唆を含んでいます。

震災直後の状況では、祭りなど不謹慎きわまりないと自粛ムードが漂っていたのですが、次第に各地で復活の動きが伝播していきました。東北の沿岸地域には、数多くの郷土芸能や祭事・行事が継承されてきたのですが、その本来的意味が蘇生したのです。もともと厳しい気候風土の東北地方は、冷害や凶作に苦しんできた土地柄であり、人々の自然への畏敬の念は深いものがあります。多くの祭事は、厳しい自然のなかでの飢饉、疫病、災害などによる人々の苦難、尊い生命が失われた出来事などに対する、鎮魂や供養といった鎮めの意味をもっていたのです。

潜在力をよび覚ます力:社会関係資本(ソーシャルキャピタル)

人々の暮らしの根っこに深く関わって祭事があり、村々に民俗芸能いわゆる郷土芸能が継承されてきた事実に、震災後に三陸地域を訪れてあらためて気づかされました。当地で、神楽、虎(とら)舞(まい)、鹿踊(ししおど)り、獅子舞(ししまい)、剣舞(けんばい)などを見て、そこに秘められていた力を実感させられたのです。深刻な津波災害を受けた地域で催された行事、舞う人も、観る人達も、すべてを流された人々が集う場に、これまでも何度か足を運びました。

そこでの舞いの姿には、過去や現在の鎮魂の想いが二重写しのように表出していました。復興を祈願し催される祭事、そこに参集する人々の様子には、魂の深層に引き継いできた共感が甦り、心を動かされ、まさに感動の涙と笑顔が交錯するような一体感が醸成されていました。

人間の在り方には、表層としての日常生活(個的存在)とともに、その底層に脈打っている潜在的な様相(在り方)があります。存在が大きく揺らぐ事態においては底層に隠れていた潜在部分が大きな力として出現してくるのです。自分という個的な存在の奥底ないし基底に隠れていた、より深い所にある歴史的・伝統的・文化的な蓄積が再生し甦るさまを実感する体験、自己の表層の殻(枠)を乗り越える感覚といったらよいでしょうか。自分一人では如何ともし難い状況下で、こうした潜在的な力が出現してくることは大変意義深いことのように思われます。

さらに興味深いことは、こうした共感の輪が地域を超えて広がり、支援の繋がり・ネットワークの結節点として、お祭りや祭事、民俗芸能がはば広い世界から注目され出していることです。ローカルな地域性や文化が、より広域に共感の輪を広げるダイナミックな力を生んでいるのです。地域社会の基盤を強化する働きとして社会関係資本(ソーシャルキャピタル)が注目されていますが、そこには2つの構成要素があります。すなわち狭く限定的な「結束型」紐帯と、広域性をもつ「橋渡し型」紐帯ですが、その両方が震災・復興の過程で重層的に機能する様子を、被災地ではさまざまに垣間見ることができます。

今日、私たちは、いろいろな意味で「存在の危機の時代」を迎えているのではないでしょうか。日本では大震災のみならず、大雨・洪水、竜巻や火山被害など災害が続いていますし、こうした事態は世界各地で頻発しています。気候変動などの影響下で続発する自然災害ばかりではありません。9.11同時多発テロ事件以降、中近東地域の戦乱、難民増加、頻発するテロ事件、格差問題の深刻化など、人災としての社会不安も高まっています。

存在がゆらぎ不安定化する時代において、危機だからこそあらためて人間存在、人や自然の共存について、深い問い直しが突きつけられます。深刻な災害や危機的事態に立ち向かう際の向きあい方として、自己の狭い枠組みを超えていく人の在り方が問われるのです。人間存在の基底を支えるサステナビリティ(持続可能性)やレジリエンス(復元力)、それをどう紡ぎ出すのか、3.11被災地から学び、共有すべきことが、まだまだ数多くあるのです。

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古沢 広祐
古沢 広祐 (ふるさわ・こうゆう)
國學院大學経済学部(経済ネットワーキング学科)教授。
大阪大学理学部(生物学科)卒業。京都大学大学院農学研究科博士課程(農林経済)研究指導認定、農学博士。
<研究分野・活動>:持続可能社会論、環境社会経済学。
地球環境問題に関連して永続可能な発展と社会経済的な転換について、生活様式(ライフスタイル)などを究明。具体的には、持続可能な生産消費、世界の農業食料問題とグローバリゼーション、環境保全型有機農業、エコロジー運動、社会的経済・協同組合論、NGO・NPO論などについて研究。
著書に『地球文明ビジョン』日本放送出版協会、『共生時代の食と農』家の光協会。
共著に『共存学1, 2, 3, 4』弘文堂、『ギガトン・ギャップ:気候変動と国際交渉』オルタナ、『安ければ、それでいいのか!?』コモンズなど。
<NGO活動など>(特活)「環境・持続社会」研究センター(JACSES)代表理事。(特活)日本国際ボランティアセンター(JVC)理事、市民セクター政策機構理事など。
http://www.econorium.com/fur/kaleido.html

https://www.facebook.com/koyu.furusawa

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  • 08.29

    第11回:震災・復興とお祭りの復活――サステナビリティの底流

    3.11東日本大震災から6年半以上が経過し、甚大な被害の記憶が薄れつつある中、被災地では夏のお盆行事やお祭りが復活しています。豊かな自然・伝統文化を育む東北・三陸地域一帯では、祭事・郷土芸能が日々の暮らしと深く結びつき継承されてきました。そうした文化的な力が、災害への回復力(レジリエンス)や復興過程に人々を繋ぐ原動力として見直されています。

    記事イメージ
  • 07.06

Bau des Rugby Stadion in Kamaishi, Unozumai für die Weltmeisterschaft 2019 für 1,9 Milliarden Yen

【19年ラグビーW杯へ】岩手県釜石市、釜石鵜住居復興スタジアム建設入札公告

 岩手県釜石市は、19年のラグビー・ワールドカップ日本大会開催に備えて建設する「釜石鵜住居復興スタジアム(仮称)」の施工者選定手続きを公告した。

建築工事と電気・機械設備、土木工事を一括発注する。大手ゼネコンと地域企業による自主結成の2~3者JVでの参加を求めている。JVの申請届けと参加申し込みを26日まで受け付ける。

17年1月中旬に参加資格の有無を判断し、同3月上旬にWTO対象の一般競争入札を開札する。JV代表者の参加資格では、過去20年以内に収容人数2万人規模以上の球技場(兼用・多目的スポーツ施設含む)の施工実績を求めている。

17年4月に建設工事に着手する。工期は18年7月31日。ワールドカップは19年9月に開催される予定で、開催の1年前までに施設を完成させる必要があるという。基本・実施設計は梓設計が担当。実施設計の履行期限は17年2月となっている。

施設の収容能力は1万5000人以上を確保する計画。施設規模は未定だが、都市公園法の許容建ぺい率が12%のため、建築面積の上限は1万0800平方メートル、建築可能な延べ床面積は18万平方メートルとなる。

事業では、東日本大震災の津波で大きな被害が出た釜石市鵜住居地区の鵜住居小学校、鵜住居東中学校の跡地(釜石市鵜住居町18、19地割)にスタジアムや競技場などを建設する。事業費は31億~32億円を想定している。敷地内に設ける広場の造成費用や上下水道の整備費を復興庁の補助金で賄う。総事業費のうち建設工事費の上限は19億円と試算している。

予定地の面積は約9ヘクタール。津波の再来に備え大規模な盛り土を施す。敷地内には災害に備え、100トンの貯水槽を設置する。ワールドカップ終了後は、スタジアムの周りに広場を整備し、市民や観光客らに開放することにしている。

Wiederaufbau der Breakwateranlage in Kamaishi

工事記録館 釜石港

※写真にカーソルを合わせると、簡単な説明が表示されます

釜石港湾口防波堤は、昭和53年から約30年の期間をかけて整備された、大規模な防波堤です。 東日本大震災により、湾口防波堤の一部は倒壊し、多くは大きく傾きながらも最後までマウンド上にとどまり、津波を抑え続けました。 湾口防波堤の災害復旧は、南堤のおよそ半分にあたる370m、北堤の870m、開口部300mの区間が対象となり、大規模な工事となりましたが、様々な工夫をすることで7年間での復旧完了を目指しています。

震災後の湾口防波堤  湾口防波堤 南堤の被災状況

 

転倒した防波堤(ケーソン)の撤去とマウンドの造成

転倒したケーソンは重すぎてクレーンで持ちあげることができないため、工事の妨げになるものは撤去することにしました。 (ケーソン:フランス語で四角い箱。ここでは鉄筋コンクリート製の防波堤本体となる構造物。)

砕岩棒によるケーソンの破砕 バケットによるケーソンの撤去
捨石運搬船によるマウンド造成 被災後のナローマルチによる海底の測量結果

釜石港(泉作業基地)でのケーソン製作

FD(フローティングドック)と呼ばれる作業船と海上打ち継ぎ場で、高さ約20mもあるケーソンが製作されています。

泉作業基地と沖に見える湾口防波堤 FDからケーソンの引出し

FDでのケーソン製作 海上打継場でのケーソン製作

県外で製作したハイブリッドケーソンの釜石港入港

資機材不足などに対応するために、ハイブリッドケーソンを県外(千葉、名古屋、津)で製作し運搬しました。
(ハイブリッドケーソン:鋼殻とコンクリートで構成されたケーソン)

ハイブリッドケーソンの入港 ハイブリッドケーソンと釜石大観音

 

ケーソン据付(すえつけ)

コンクリートでできた巨大な構造物であるケーソンを海上に浮かせて設置位置まで運びます。
注水をして設置した後に、石材を詰めて、コンクリートでふたをします。作業は海上の波が穏やかな日にしかできません。

ケーソンの曳航(据付け位置まで運搬) ケーソンの据付

ケーソンに石材を投入1 ケーソンに石材を投入2

コンクリートにてケーソンにフタをする 台船に乗ったコンクリートポンプ車でコンクリートを圧送

 

航路下の津波対策

開口部には、船の航行に影響がない水深(天端水深-19m)に潜堤(せんてい)として逆T型ブロックを設置しています。
航路となる部分ですので、工事中は北側(北堤となる部分)に仮航路を設けました。
(天端:構造物の上の面)

平田地区で製作された逆T型ブロック 起重機船による逆T型ブロック設置

現在は、開口部の工事を終え、航路を開口部に戻し、北堤の工事に取り組んでいます。